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2008年6月14日 (土)

Ricky Swallow

こんばんは海外アーティストの

Ricky Swallow

です。(ちなみに外国人の方なので外国人の感覚(呼びすて)で呼ばせてもらいます)

オーストラリアに生まれ水彩画・彫刻の作品を何点も作成しているかたで、今はアメリカのカリフォルニアで製作を行っているそうです。このサイトに来ていらっしゃる方はご存知の方も多いと思いますが、ゴス展(3月末まで横浜近代美術館で行われていました)に出展していらっしゃった方でもあります。私も実際そこで始めてRickyの存在を知りました。

2005年には二年に一回の美術の祭典、ヴェニス・ヴィナーレのオーストラリア代表の出展作品もてがけています。1974年生まれとまだ若く、注目度が高いアーティストです。

手がけている作品は彫刻においては精巧で細かく、その技術は並外れていると評価されています。ちなみに彫刻は独学で学んだと才能を感じずに入られない作品を製作しています。

作風の共通点として見られるのは、痛々しさと作品の細かさで、骸骨や骨類、何かの等身大サイズのレプリカが作品の題材であることが多いです。

私も実際にゴス展に足を運んで見てきたのですが、その細かさには驚きました。『Tusk』という二つ(二人)の骸骨の腕が手をつないでいる作品、『Younger than Yesterday』という骸骨の頭部に花が咲いている木から丸彫りした作品などその表現力の豊かさに感動しました。

骨と花、手をつなぐ骸骨、と生と死が折り合わさっていたり、死しているものが{手をつなぐ=平和}を訴えていたり。現代人にはこの説妙な混ざり具合がたまらなく好きなのではないかと思います。半ば矛盾しているともいえますが、実は矛盾していないからきっとすきなのだと思います。どういうことなのかというと、近年、我々は骸骨を好む兆候にあると思います。そしてそれは骸骨が自分と重なる、または近い存在と感じているからではないでしょうか。現代の人々はたくさんの人工物、たとえばビルやコンクリート舗装の道路など無機物に囲まれて生活しています。すると自然に自分が無機物と同化してしまう感覚に陥り、人間に一番近い無機物の存在、骸骨と自分を重ね合わせます。そんな骸骨と実を重ね合わせる私たちはいったい何を望むのでしょうか?おのずと答えは生と平和になるのではないでしょうか。仮にそうだとすると、Rickyの作品は現代人をそのまま映し出しているように感じられます。そして私たち自身が表現できずに求めているものを作品が表現をしてくれている。そんなようにも考えられるのではないでしょうか。

長くなってしまいましたが、最後にRickyの言葉を載せさせていただきます。

"If our civilisation were turned upside down and subsequently this gallery were excavated, what would the remnants reveal? Would the forms prove that the subject was evolving, devolving or just coming around again?"

「もし我々の人類がさかさまにされた上でこのギャラリーが発掘されたらその(ギャラリーの)化石は何を明らかにするだろうか?その化石化したギャラリーの形態は進化したことを証明するだろうか?それとも進化の過程をさかのぼったものを表すか?或いは時代が一周したことからそのままのギャラリー(今の形態と同じギャラリー)を示すのだろうか?」

解釈はお任せしますが、今を生きようとする現代人にはぴったりの言葉だと思います。(訳は一部意訳させてもらいました。訳し方が間違っていたらごめんなさい)

それでは今日はこのへんで。

追:横浜トリエンナーレのチケットが当たりました!!!いったらここで紹介させてもらいたいと思います。

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